歴史のIFシリーズ ➡ 北京四合院と朝鮮戦争
北京には独特の建築構造体(アーキテクチャと言う)があり、四合院と呼ぶ
それは2008年北京オリンピックの前の年であったと思う、仕事で北京に行って、現地駐在員と食事をした後、四合院がバーになっており、そこへ行きましょう、という事で連れていかれた
簡単に言えば4家族が東西南北を取り囲んで住むアーキテクチャである、中央には中庭(これをパティオと言う)があり、パティオの四隅には木が植えられていて、パティオは石畳で中央には井戸があった
バーと言ってもカウンターがある訳ではなく、応接室または居間である、そこにソファーが2〜3セット置いてあるだけで、2〜3組の客で一杯となる、が、その日は我々しかいなかった、従業員は、皆、紅衛兵のカッコをしていた
ソファーにどっぷり腰を掛けてブランデーか何かを飲んだように思う、そこからパティオを見ると、何しろ落ち着くのである、中庭とはこんなにも落ち着くものなのか
部屋の中に目を転ずると、壁の上の方に横長の絵が飾ってある、横長の絵にはやはり横長のテーブルが描いてあり、中央正面に毛沢東が立っていて、周りを人々が取り囲んで見ている、それを眺めていたら駐在員が言った:
駐:書を書いているんだ、毛沢東は書が上手かったんだ
私:へぇ〜?
しばらくして駐在員が続けた:
駐:毛沢東には息子がいたのだけれども、朝鮮戦争で戦死した、彼が生きていたら今の中国はどうなっていたか、分からない
私:!
Wikiで調べてみると:
毛 岸英 1922-1950
共産党の活動家であった母の楊開慧は毛岸英が8歳の時に国民党軍に逮捕・銃殺された。母の死後、上海で浮浪児となっていたところを発見され、モスクワに送られエリート教育を受けている
確かにイイ顔をしているし、オーラがある
弟さんもいたようだが、統合失調症を患っていたとある
確かに、この駐在員のIF指摘は、当たっているのかもしれない
以上です
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・ 尚、太陽の黒点に関する一般的な解説は、こちら: [太陽黒点 - Wikipedia]
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引用:
[1] 国立天文台 太陽観測科学プロジェクト 三鷹太陽地上観測
[2] List of solar cycles - Wikipedia