なぜ地球磁極は逆転するのか?

太陽黒点数/オゾン全数/エルニーニョ/太陽活動と米国日本の地磁気変動を追います!

2月度その12:気になるシリーズ ➡ AであればB、と、AであればB・BであればC・よってAはC、の違いは何?

気になるシリーズ ➡ AであればB、と、AであればB・BであればC・よってAはC、の違いは何?

 

 

この黒点サイトでは、「太陽黒点数の推移」「太陽黒点数とS&P500、VIXとの相関」「エルニーニョ南方振動ELSOと太陽黒点数との相関」の太陽黒点に関連した3記事を毎月の初めに定期更新しています

 

しかしながら、ベッドで寝っ転がっていると漠然と頭に浮かんで来る疑問がありまして、それは私にとっての未解決問題もしくは気に掛かる問題なのです

 

前回の記事「2月度その11:気になるシリーズ ➡ 万物の根源は何か? - なぜ地球磁極は逆転するのか?」では古代ギリシャ哲学における「万物の根源」思想の変遷を学びました

今回は、推論と条件文に関して古代ギリシャ哲学を追ってみよう(これは、ほとんどが古代ギリシャで既に完成されていた論理的思考である)というお話です

 

お付き合い頂ければ幸いです

 

 

 

それは、アリストテレスに始まる [論理学の歴史 - Wikipedia]

1.1 「AであればB・BであればC・よってAであればC」は三段論法(syllogism)と称される推論です、アリストテレス(前350年頃)によって考案されました

 

1.2 同時にアリストテレスは、

矛盾律➡ある事物Aについて同じ観点でかつ同時に、それを肯定しつつ否定することはできない

排中律 ➡ある事物Aについて同じ観点でかつ同時であれば、肯定されるか否定されるかのどちらかである

なる原理を考察し、以下は当たり前過ぎて後世になって明確化された原理で、

同一律 ➡AはAである(誰が何時頃に明確化したのか分からない!)

充足理由律➡「どんな出来事にも、そうであるためには十分な理由がなくてはならない」という原理。すなわちどんな事実であっても、それに対して「なぜ」と問うたなら、必ず「なぜならば」という形の説明があるはずだ、という原理。(ライプニッツ命名、1700年頃)

このように、アリストテレスは二値論理と推論の原理を深く考察しました

 

 

2.1 ここでAとは命題の事で、

命題proposition)とは、論理学において判断を言語で表したもので、真または偽という真理値をもつ

アリストテレスの時代における命題は「全ての人間は死ぬ」「ソクラテスは人間である」というような形を取りました

現在における命題とは、量を含む事のない言明(「3より大であるA」なる記述は単なる命題の域を超える)であり、NOT/AND/OR/IMPLY/EOR等の論理演算子で結合された論理式です

 

2.2 現在、命題論理には変項と量記述が加えられて述語論理に拡張され、複数の述語論理文の集合と一つの述語論理文の関係が「〜だから、〜当然」で結ばれて、真か偽を問う論理的帰結(Logical Consequence)が最も頻繁に吟味適用されています(この項に関しては古代ギリシャではなく、近現代に発展しました

歴史的に見れば、アリストテレス論理学は中世さらに発展し、14世紀半ばに頂点をむかえましたが、14世紀から19世紀初めまでは論理学は衰退しました

しかし、19世紀半ばになると論理学が復興し、革命期が始まって、数学において用いられる厳密な証明を手本とする厳格かつ形式的な規則へと主題が発展した。近現代におけるこの時期の発展、いわゆる「記号」あるいは「数理」論理学は二千年にわたる論理学の歴史において最も顕著なものであり、人類の知性の歴史において最も重要・顕著な事件の一つだと言える

のだそうです

 

 

3.1 ここで「AであればBである」とは「if...then...の条件文」(普通はImplyと称す)なる論理演算でA➡Bと書きます、演算結果(真理値表)は:

A B 結果

T T  T

T F  F

F T  T

F F  T

となります(前提条件AがFであれば演算結果は常にT、なのです!)

 

3.2 一体全体、誰がこの条件文の真理値表を規定したのだろうか?が長年私の疑問でした、今回、時間を掛けて調べる事が出来たのですが、結果は:

条件文について議論した最初の論理学者はストア論理学派であるメガラのフィロン(前400年頃)である(当時はImplyではなく条件文と称した)

フィロンについて、古代ギリシャ哲学者は、

「彼によれば条件文が真になる方法は三通りあり、偽になる方法は一つだけある」と述べている。

ストア学派は書物を残さなかったらしく、外部の人による伝承によってのみストア学派の思想が分かる、との事でこのような記載になるのだ

しかし、「条件文が真になる方法は三通りあり、偽になる方法は一つだけある」であれば内容は自明であり明確である!

 

 

 

まとめ:

1.条件文である「AであればB」と三段論法「AであればB・BであればC・よってAであればC」は異なる

条件文は単なる論理演算、三段論法は推論、である

しかし、条件文で三段論法は構成できて、

となる

 

2.ここで条件文の真理値表は全く不思議で、誰が決めたのだろう?と追ってみたら、古代ギリシャストア哲学派のメガラのフィロン(前400年頃)であった

前400年頃にこのような真理値表を考案していたとは、、、全く驚くべき事実である

 

 

 

 

 

以上、お付き合い頂き、誠にありがとう御座いました

感謝です